戦後復興・成長期 │ 1945年(昭和20年)~1983年(昭和58年)

菊太郎亡き後、大学を卒業したばかりの長男正祝が二代目として事業を継承しました。1949年に当社は御所町はじまって以来の大事業、御所小学校の校舎を受注しました。ところが正祝は、戦後の混乱をしのぎつつ必死の思いで活動するさなかに、トラックの大事故で瀕死の重傷を負ってしまいます。さらに追い打ちをかけるように朝鮮動乱勃発による物資の高騰。さすがの鍜治田工務店も危ないのではないか、との噂も流れたほどです。
ただ、悪いことばかりではありませんでした。困窮を極める中で大学進学をあきらめた三男恭男が、鍜治田工務店に入社。以降の成長期・市場創造期と鍜治田工務店を牽引していくことになる正祝と恭男の、二人三脚での経営の始まりとなりました。日本も戦後の混乱を抜け始め、当社は学制改革による新制小中学校の建築を次々に受注。製材工場をもつ強みがいかんなく発揮され「学校建築のカジタ」と言われるほどでした。
やがて時代は木造から鉄筋の時代に。この流れを読み違えることなく、鉄筋建築への移行を図ります。1960年には法人化を果たし現在の奈良本社がある場所に社屋を建設。企業としての陣容を整えていきます。さらに訪れた高度経済成長の波にも乗って、業績も順調に推移、1964年には初の県外進出となる大阪営業所を開設しました。
その後1973年、1979年に二度のオイルショックが日本経済を襲います。物価は高騰し、あらゆる業界が苦境に陥りました。資材急騰の中で、当社はお客様に一切値上げを申し入れることなく必死に耐えました。これが後に大きな信用を得ることにつながります。

戦後復興・成長期
  1. 創成期
  2. 戦後復興・成長期
  3. 市場創造期
  4. 新時代創成期
  5. 飛翔・変革期